君の名は官兵衛

      2019/10/30

2014年は私たち夫婦にとって黒田官兵衛一色の年でした。

中津城 (45)

黒田官兵衛とは

1546年播州の御着城主・小寺家の家老黒田職隆の嫡男として誕生。

1567年家督を継ぎ、姫路城代となる。

1575年織田信長に謁見。豊臣秀吉の配下に入る。参謀として秀吉の天下取りを支える。

鳥取城の兵糧攻めや高松城の水攻めなどを行い天才軍師の名を世に轟かせる。

1586年九州平定のため豊前国へ入国。

秀吉の朝鮮出兵の拠点として名護屋城が築かれる。官兵衛はその縄張り(城の配置)を命じられる。

1600年関ヶ原の戦い。子の長政に筑前52万石が与えられる。1601年福崎(福岡市)の地を福岡と改称し、

福岡城の築城を始める。

完成までは太宰府天満宮で隠居生活を送る。

1604年死去。崇福寺(福岡市)に葬られる。

その知恵と人望から織田信長・豊臣秀吉・徳川家康3人の天下人に恐れられた男である。

【参考】福岡を創った男 黒田官兵衛/「黒田官兵衛」福岡プロジェクト協議会 発行

嫁も大河にはまる

何といっても岡田准一君の官兵衛がかっこよすぎました。荒木村重に幽閉されていた時のあの迫力のある演技と姿が今でも忘れられません。

そして側室を持たずに生涯一人の女性を愛したという愛妻ぶりが心打たれます。

2人ではまった『軍師官兵衛』でしたが、そのはまった最大の理由はやはり

九州で活躍!した武将

だからです。

大河ドラマで九州が出てくることはあまりないですからね。

色々と巡ってきました。またその様子もブログに書きたいと思います。

ビバ!官兵衛!

 

終わり

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